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2021/05/19 06:00

すきすきすきすき すき すき
いっきゅうさん

とんちはあざやかだよ いっきゅうひん
どきょうはまんてんだよ いっきゅうひん
いたずらきびしく いっきゅうひん
だけどけんかは からっきしだよ
さんきゅうひん
アー アー なむさんだ
とんちんかんちん とんちんかんちん
きにしない きにしない
きにしない きにしない
のぞみはたかく はてしなく
わからんちんども とっちめちん
とんちんかんちん いっきゅうさん

すきすきすきすき すき すき
あいしてる
すきすきすきすき すき すき
いっきゅうさん いっきゅうさん


オープニングテーマの歌詞がとても印象的で、大人気テレビアニメ「一休さん」でもおなじみ、
とんちで有名な一休和尚といえば、誰もが一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。
その有名な「一休さん」のモデルになったと言われる
 「一休宗純(いっきゅう そうじゅん)」ですが、今から約600年以上前に生まれ、
88歳という当時としてはケタ外れの長生きをした健康な人物であったそうです。

世間からは変わり者とか奇人とか言われていたそうですが、
決して権力にこびなかっただけでなく、庶民や弱い者の側に立って行動した異端児でもあり、
反骨の高僧とも言われ続けているそうです。
そんな、一休和尚の説話の中にはこんな話があります。

一休和尚が、亡くなる前に遺言状をしたためて、弟子たちに「この遺言状は私が死んでも、
すぐに開封をして はならぬ。
危機に瀕する一大事が到来した時には、開い て読むべし。
解決法がたちどころにわかるであろう」 と厳しく言い渡しました。

弟子やその後の僧侶たちは 教えを守り、いかなる困難の時も、
決して遺言状を開く ことはありませんでした。

それは、「いざとなれば一休 和尚の遺言状が解決してくれる」という安心感もあったので
解決できていったのではなでしょうか。
一休和尚の遺言状が、とうとう開かれることになったのは、死後 100 年を経た後の話。
本当にどうしようも なく、皆がすがる思いで、
一同固唾を呑んで開いてみた 遺言状には、こう書かれていました。

「大丈夫だ。心配するな。なるようになる。」

とたんに皆が大笑いして、落ちつきと明るさと、勇氣を取戻し、無理だと思っていた非常な困難を、解決できたそうす。
「なるようになる」という言葉は単なる冗句ではなく、まさに世の中の本質を言い当てた言霊でした。
人間というのは、一度狭い考えに入り込んだら、中々その世界から抜け出せないで、
同じところを堂々巡りし たりするもので、一休和尚にも、
「平常心でいられない」「楽しめない」「不安がある」「焦りを感じる」「無氣力で 元氣がない」など、
悩み苦しんだ時期がありました。

その時に、もの事の善し悪しに、あまり厳しくこだわり過ぎない、
ありのままをありのままに感じて、常に氣を楽にするということを悟ったようです。
氣分を楽にすると、必ず同時に元氣が湧いてきます。 
氣分を楽にすると、勇氣が湧き、やる氣が湧き、積極心が湧いて来ます。
不安や恐怖、心配や焦りの中では決して生まれない知恵や創造力が氣分を楽にした時に湧き出てきます。
難問が難問に見えなくな ります。そして心配をやめたとたんに心身ともに健康がもたらされます。

その後の一休和尚は和やかな心で、楽々とした氣分でやっかいな問題も料理し、
どんな時でも自由自在に行動をして、とんちを一生涯、発揮しつづけたと言われます。

ありのままをありのままに見つめて感じ、氣を楽にするという悟りを得た「一休さん」こと一休和尚は、
皆が笑って、皆が愛し愛される世の中になるようにと生きた 人のひとりでした。